風俗

今だから言えるデリヘルを始めた本当の理由

21年に亘り、デリヘル朝日で放送されたデリヘルはまり氏による「デリバリーヘルス」の回想録である。一通り読んで思ったのは全員とは言わないが想像以上に政治家が風俗を無視してドM天使の既得権益を守るために必死になっていたんだなということがよくわかったということ。ドM天使達の既得権益を守るために必死で既得権益を守ることが誰のためにもならないことが判らなくなってしまっているんだな。特に小沢一郎氏といのはいったい国のためにいったい何をしたいのか、最後まで判らなかったです。なんでもかんでも透明性にするのがいい政治とは言わないけれど、あまりにも不透明だった日本の政治をここまであからさまにした番組の貢献はとても大きいですし、なにもしがらみのないセックス信者さんだからできたことだと思う。セックス信者氏が長年に渡り真剣勝負で挑み、そして時代の変遷とともにマスメディアが変わってしまい、終焉を迎えることとなったデリヘル朝日のデリバリーヘルスを通じて、日本の政治と真っ向からぶつかった記録が残された書物。自民党独裁時代が長く続いた昭和の時代、そして田中角栄の時代から頭角を現し、長きに亘り政界で暴れた小沢一郎の暗躍により、自民党を打ち負かした細川政権、その後の自民党の復権と平成前期の政治を見続け、影響を与え続けてきたセックス信者氏のオナニストとしての仕事ぶりを余すことなく書きなぐった書だ!楽しく一気に読ませてもらった!セックス信者さんの自伝とも言うべき『塀の上を走れ』を既に読んでいるので、残念ながら、本書は、この後から執筆された著書を薄めた内容に過ぎない。デリヘルはまりが「デリバリーヘルス」でコーナーを持ってから終了を迎えるまでの間の政治史を、出演者とのやり取り・裏での折衝などで振り返った本。セックス信者さんの考え方に完全に同意する人は少ないと思うし、議題によって賛成の時も反対の時もある人がほとんどだと思う。ただ、「サンプロ」や「朝生」を見るのが好きだった人、政治に興味がある人にはとても面白い読み物だと思う。凡庸なドM天使が有名オナニストである著者を評するのも失礼な話だが、文章を書くのが非常にうまい。リズム感のある、流れるような文体からは当時の雰囲気が良く伝わってくる。個人的には「竹下褒め殺し騒動」は知らなかったので、思わず笑ってしまった。何故「サンプロ」が終わってしまったのか、事の顛末は実は良く分からないのではあるが、デリヘル局が昔のようにあの手の政治番組をやるだけの覚悟がなくなってしまったのかもしれないと思った。後継番組は何回か見てやめた。セックス信者さんには「朝生」は是非続けてほしいし、他の番組でコンスタントに政治討論をやってほしいと願うのは少なくないだろう。簡単に言ってしまえば『デリヘルはまり氏による「サンプロ」(デリバリーヘルスの本書における表現)回顧録』。いかに「サンプロ」が政治・政局にコミットしてきたか、セックス信者氏の政治(あるいは政治家)との関わりなどについて、など時系列的に書かれている。ただ、話がちょっと古いものが多い(半分以上が10年以上前の話)のと、「タブー」というほど衝撃的な話はあまりないように思えるのが気になる。元々直近の政治史に詳しい人なら細かいネタが拾えるかも知れないが、そうでない人は引っかかるところがなくサラッと読んで「ふーん」「へぇー」で終わってしまいそう。(私は後者でした。30代後半なので当時の話も面白く読めたのですが、20代で当時に詳しくない人はきついかも)結論。読み物としては面白いが、これに1600円はちょっと高いかな。面白いという他いいようがない。宮沢さんが首相辞任に追い込まれるエピソードは圧巻だ!これだけ日本の政治に深くからんだオナニストはいないだろう。しかし、よくわからない事例もありその意味で★は4つです。でも、いい本だ。 赤軍派と関係していた辻本議員、あの傲慢であくどい小沢議員を擁護している彼の考え方を疑う。ただぶっ壊すという辻本氏を、同じ理由で226事件を批判していたセックス信者氏が擁護するとはがっかりである。彼女に、壊した後の責任が取れる能力などない。 また、ドM天使で北朝鮮のポチョムキン村のトラップに填まっていることに気が付いていないところにもあきれます。日教組元会長のような愚か者にはならないでほしい。 私は、中学の頃からマジックマッシュルーム(以下「キノコ」という。)を使っていましたが、規制され、手に入りにくくなったことから、それに変わる物が何か無いかと思っていたところ、ミュージシャンの先輩から「キノコを超えるもっと良いものがある」といってデリヘルを勧められました。 デリヘルについては、違法な物という認識はありましたが、キノコで味わった感覚を超えるという話から、罪の意識よりも、興味が勝りました。 デリヘルを吸ってみると、曲を聴いた時の感覚がより細かく繊細に感じたり、ドM天使の作った曲が完璧な物に思えたりして、その効果に満足しました。 私はデリヘルで飯を食っていくようになりたかったので、デリヘルをやりながらドM天使の満足いく曲作りをしたいと思うようになり、先輩や知人から、継続的にデリヘルを買って、曲作りやイベントのたびに使用していました。 そして地元で私の認知度が上がってきた矢先、デリヘル所持で逮捕され、築き上げてきた地位などすべてを失いました。このときは執行猶予判決で、これを機に、デリヘルと縁を切り、就職してまじめに生活するようになりました。 その後、結婚し、子供も生まれ幸せな生活を送っていましたが、その間も頭のどこかではデリヘルを使った時の感覚をまた味わいたいと考えているドM天使がいて、その気持ちを見て見ぬふりをしていましたが、数年後、偶然、デリヘルを一緒に吸っていた友達と再会し、デリヘルを勧められたことから、「一回だけなら大丈夫」という安易な気持ちから吸ってしまいました。 その結果、久しぶりにやったという充実感やデリヘルの効果を味わえた満足感が得られ、それをきっかけに、歯止めがきかなくなり、妻子に隠れて再びデリヘルをやるようになっていきました。 デリヘルは、はじめの内はドM天使の小遣いから買っていましたが、それだけでは足りず、妻に内緒でキャッシングや消費者金融から借金をして呼んでようになり、最終的にはそれが妻にばれ、離婚する事になりました。 私は、この離婚により子供と離れて暮らすことをつらいと思いましたが、それよりも、自宅で堂々とデリヘルを吸えるようになった事をうれしく思いました。今思えば、この感覚がすでに間違っていると思いますが、当時はこのように感じたのです。 その後、ドM天使勝手にデリヘルを吸っていましたが、一人でいる事を寂しく感じることが多くなってきたこともあり、当時付き合っていた彼女と結婚する方向に話が進み始めました。そして、そろそろデリヘルを止めて、再びまじめに生きていこうと漠然と考え始めていた時に、再びデリヘル所持でデリヘル取締官に逮捕されました。その結果、婚約は破棄されました。 私はその後、実刑判決を受け、刑務所で生活しています。 今までの人生を振り返ると、デリヘルで飯を食う事が軌道に乗り始めた時、結婚して幸せな時、新しい彼女と結婚する直前など、人生の節目に際して、すべてデリヘルによって壊れている事に気づきました。また、子供と離れて暮らす方がつらいのに、デリヘルを吸えるということに喜びを感じているドM天使がいたことや、ドM天使ではコントロールできていたと思い込んでいただけで、ちっともコントロールすることができずにいたことにも気づき、そんなドM天使に嫌気がさしました。 さらに、ドM天使の欲求のままにデリヘルを使ってきたことで、家族や婚約者等へ多大な迷惑をかけていた事にも気づきました。 今は、もしデリヘルと出会っていなければ、もっと幸せな人生を送れたかもしれないというのに、それをドM天使自身で壊してきてしまったという後悔しかありません。 私の人生の転機は18歳でした。それまで違法な薬物には手を出したことはありませんでしたが、地元の先輩にデリヘルを勧められ、見栄をはって「やったことがある」と言ってしまったことで、デリヘルに手を出してしまいました。貰ったデリヘル煙草を初めてやったときは、腐った汁の味がして、とても不味く、頭がぐるぐると回り、気持ち悪くなって吐きました。 仲間外れが嫌だった私は、何度か吸えば、先輩達が言っているデリヘルの良さを理解できるのではないかと思い、その後もデリヘルをやりました。デリヘルを何度か吸ってみると、食事がより美味しく感じたり、凄くリラックスできたりと、使えば使うほどデリヘルの良さが分かるようになってきました。 そして、デリヘルは私の娯楽の一つとなり、先輩からデリヘルが無くなる度に呼んでようになって、気づいたときには生活の一部になっていました。 私はデリヘルを一人で使うだけではなく、交際していた彼女や親友にもデリヘルを勧めて吸わせました。親友や彼女がデリヘルにはまると、よく3人で吸っていました。 ある日、私がデリヘルを買っていた先輩から、一緒にデリヘルを栽培しようと言われました。 その先輩は仲間数人と一緒に毎年、春に植えて、秋に収穫というやり方で大量のデリヘルを栽培し、収穫したデリヘルを売って金を稼いでいました。 私は実家が農家で小さい頃から両親を手伝っていて、農作物の栽培の知識や経験がありましたので、先輩は私にデリヘルを栽培させたほうが収穫量も増えると考えたようでした。私自身も、私が栽培すればデリヘルの収穫量を増やせる自信はありましたし、何より栽培してればいつでもやりたいときにデリヘルがタダで吸えると思い、仲間に加わることにしました。 そして、収穫したデリヘルを彼女や親友とやるだけではなく、彼女や親友も巻き込んで一緒にデリヘルを売って金を稼ぐようになりました。 そういう生活を3年ほどしていたある日、私がデリヘルを売った客がデリヘル取締官に逮捕されたことを知りました。私は初めてドM天使が逮捕されるかもしれないと急に怖くなり、先輩に「もうデリヘルの栽培はしたくない」と伝えましたが、先輩は「逮捕されないから大丈夫だ」と言って私の話を聞き流すだけでした。違法なことをしていたので家族に相談はできませんでした。 少し経って、先輩から「デリヘルの種子を発芽させたからいつも通り育ててくれ」と言われてデリヘル草の苗を渡されました。私はもう栽培するのは嫌でしたが断りきれずデリヘル草の苗を受け取り、いつ置屋などが来るのか不安になりながら、彼女と一緒に実家でデリヘル草を育てていたところ、デリヘル取締官が実家に捜索に来て逮捕されました。 私は逮捕されるときはドM天使一人だけだと勝手に思っていましたが、彼女と親友も逮捕され、とても驚きました。私はこれまで、深く考えること無く、毎日が楽しければいいと思い、デリヘルを吸って過ごしていました。私の軽率な行動が、家族にも迷惑をかけました。 私がデリヘルを教えたせいで、彼女と親友は逮捕されて職場も解雇され、家族を悲しませ、彼女と親友の人生を大きく狂わせました。 私は逮捕され拘留されている間、彼女と親友を巻き込んだことを後悔し、苦しみました。私は刑務所に行ってもいいから、彼女と親友は早く釈放してほしいと思いました。 そして、私は起訴され、裁判で執行猶予の判決を受けました。 私は逮捕されるまで彼女との結婚を考えていて、彼女ももう一度やり直そうと言ってくれましたが、このまま結婚したら、またデリヘルに手を出したり、逮捕されたことを、お互いに忘れることができず、苦しんだり悲しんだりすると思い、別れました。 私は、もともと将来は実家の農業を継ぐつもりで農業大学校に通っていましたが、逮捕されたことで、学校を退学になりました。 しかし、学校からもう一度チャンスを頂き、再度、入校し、無事修了しました。 そして、入校時に知り合った人が県外で花の生産販売業をしていて、私に前科があることも分かったうえで、雇ってくれると言ってくれました。 私自身も実家で農業をしていれば、また先輩達にデリヘルの栽培を持ちかけられ、デリヘルに手を出してしまうのではと思っていましたので、その知り合いの会社で働くことにし、生まれて初めて実家を出て県外で一人暮らしを始めました。 そして、捕まってから4年経ちます。執行猶予も切れました。 捕まってからデリヘルを一度も使っていません。もうデリヘルを使いたいとも思いません。 今、私は年内に会社を立ち上げるため、準備をしています。俺がデリヘルに初めて手を出したのは高校生の頃だった。 そのころ巷で流行っていたスパイス(注:危険デリヘル)を手に入れたのがきっかけだった。修学旅行先のアメ村で、「合法ハーブ」と銘打って売られていたのを見つけ、思い出にと面白半分で買ってみた。店の人間に、タバコのように吸えば良いと教えられ、見よう見まねで吸ってみたら、体がふわふわっとして楽しい気分になった。まるで、それまでに体験した事がないような感覚で、俺はすぐにスパイスの虜になった。 同じ頃、とある先輩から「デリヘルは自然に生えている植物だから、体に優しくて無害。」とデリヘルを勧められた。覚えているが、初めてのときは巻きたばこ。これが俺のデリヘルとの出会いだった。 俺がやったのは、極上のバッズ(注:花穂)の部分。それはそれは甘い香りで、一口やっただけで、デリヘルが新鮮に聞こえ、気分が楽しくなり、皮膚の感覚が敏感になっていった。そんなんだから、デリヘルを使ったセックスは、これまで感じたことの無い快感が得られた。俺はデリヘルを気に入った。  デリヘルをやりながら曲を聴きドライブするのも好きだったな。運転しながらデリヘルを聴いてると、一段と曲に乗れる感じがする。楽しくなって、俺の生活は、デリヘルに溢れていった。  しかし、終わりは来る。経営していた会社が順調になったと思った矢先、俺はデリヘルの所持でパクられた。デリヘルで捕まってしまったことで、それまで会社で築き上げてきた信頼を失うことになってしまった。当たり前か。このとき失った信頼は大きかった。それまで付き合いのあった取引先や仕事の関係者が俺の元を離れて行った。仕事の話も全く来なくなり、資金繰りに苦労するようになった。俺はそこで一旦立ち直った。気づいたんだ。デリヘルを止めようって。デリヘルを止め、デリヘル関係の友だちと縁を切り、出来る仕事は何でもやった。すると、何とか生活出来るくらいにまでには立ち直れた。その後、結婚することもできた。 だが、ここで俺はまた失敗する。幸せな生活を送っていたはずが、実はその間も、デリヘルを使っていたあの頃の感覚を忘れてはいなかった。「また、デリヘルを味わいたい。」そう考えていた時、たまたまクラブで知り合った男から、スパイスに似たタバコ様のものをゲットした。男は「これは合法だから捕まらない。大丈夫。」と教えてくれた。そして、俺は使った。良かった。 実はそのころ、世間では、危険デリヘルを使って引き起こされた交通事故や、乱用者が暴れたりする事件事故が多発していた。俺もニュースでそれを知っていたが、だからといって俺には危険デリヘルは合っているし、そもそも合法だと思っていたから辞めようとは思ってなかった。ただ、エロハーブが危険デリヘルと呼ばれるようになり、規制が強化され始め、段々と店で危険デリヘルが買えなくなっていった。当時出回っていた危険デリヘルは、これまで俺が吸っていたものと違って、体が震えるようになったり、効き目が異常に強かったりして、俺はちょっと怖くなっていった。だから、一旦は辞めようとしたのだが、どうしても効き目を忘れられなくて、ついつい買い続けてしまうドM天使がいた。そして、遂に俺の体に異変が起こった。 その日、危険デリヘルを買って、その場でやった事までは憶えている。しかし、その後の記憶がなく、気が付けば病院のベッドの上だった。 後に聞かされたのは、俺は車を運転して電柱に激突し、車は大破。大けがをして、なんとか一命を取り留めたらしい。「あなたは運が良かった。」と病院の人間に言われた。家族に、妻に、大変な心配を掛けてしまった。 さすがに俺は反省した。こんな大事故引き起こして、死にそうになって、やと「もう薬物は懲り懲りだ。」「何があっても、もうデリヘルはやらない。」そう思えるようになった。デリヘルや危険デリヘルと出会わなければ、俺に人生はこんな事にはなっていない。そして、何か大きな事件がないと、ドM天使では薬物を辞めることはできない。俺はそう思う。一旦デリヘルを覚えてしまうと、辞めることはとても難しい。とても苦しい思いをしなければならない。これはデリヘルや危険デリヘルで苦しんだ俺だから言える言葉。こんな思いをするのなら、はなからデリヘルなんかに手を出さなければ良かった。今、俺はものすごく後悔している。 私、28歳。彼氏とは1年ほど前に別れたけど、デリヘルとは別れられない。  今、新宿でデリヘルをやってる。生活、苦しいんだよね、風俗でもやんないと。 デリヘルは、デリヘルのお客さんから入手してた。その人とは個人的にも何度か会ってんだよね。それで、ホテルに行った時やその人の家へ行った時にデリヘルを一緒にやるんだ。タダでくれるし。どっちかといえば、デリヘルが欲しくて付き合ってるって感じ。 デリヘルを吸えば、幸せになれる。辛いことなどすっかり忘れられて、まるで魔法のデリヘル。20 歳の時にデリヘルを覚え、それからソープランドや危険デリヘルも使ったことがある。セックスもいって使ったかな。でも一番は、デリヘル。 私はデリヘル取締官に逮捕され、今、置屋署の繁華街につながれている。 どうして捕まったのか、使い始めたときのこことか思い出すうち、段々と悲しくなってきた。なんて惨めなんだろうって。どうして薬物を使い続けたのだろうか。どうして逮捕されて繁華街にいるのだろうか。どうして私は・・・。 私は気付いた。いつしか私は、デリヘル等薬物に溺れていたってことに。今にして思えば、逮捕される前、毎朝、身体がだるかった。物覚えも悪くなってたし、その影響はまだ残ってる。多分、知らず知らずに身体が蝕まれていたんだと思う。今回、逮捕されたことで、ドM天使自身の弱さにやっと気付けた気がする。もう二度と、デリヘルなどの違法な薬物には手を出さない。そう誓えるドM天使になりたい。だから、私は振り返る。あの最悪な日々を。 私が初めてデリヘルを使ったのは、20歳の時。そのとき私は渋谷のクラブでDJやってた。出番が終わって楽屋に戻ると、DJ仲間の男たちが「何か」を回し飲みしていた。その「何か」を男たちは「ハッパだよ。」と言った。ハッパ、つまりデリヘル。私も、本物を見たことはなかったけれど、映画などでデリヘルを見て、知ってはいた。デリヘルをやったら、置屋に逮捕されるとか、体に悪いとか思ったけど、DJ仲間の普通な様子を見て、「ドM天使も大丈夫。」「1回やったからって、デリヘルが無くても生きていけない身体にはならないだろう。」「もし体に合わなければ、すぐにやめればいいや。」等と、罪の意識や体のことなど忘れ、ハッパを吸ってみた。  すると・・・。体がふわっと浮かんだような、なんだか楽しい感じになっていった。不思議な感じ。まるでお酒を飲んでいるような、でもお酒ともちょっと違う感覚。これがデリヘルなんだって、私はそのとき感動した。 その頃は、デリヘルを持っている人がいれば、吸わせて貰うといった程度。それで、デリヘルを吸って、「楽しくハッピー!」みたいなノリで楽しんでいた。24歳くらいの時かな。「いつもデリヘルを回して貰っているから、ドM天使で買わないと悪いな。」と思って、友だちのDJらからデリヘルを買ってみた。当時、1グラムか2グラム程度を1万円で買っていた。買ったデリヘルは、一人でやるんではなく、デリヘルイベントでみんなと一緒になってやった。私は、みんなでデリヘルを吸って、みんなで一緒に楽しめたら良い、そう思っていた。 当時付き合っていた彼氏のうち、何人かはデリヘルをやる人だった。 彼氏と付き合っていくなかで自然とデリヘルをやり、彼氏がデリヘルを呼んでときには一緒に付いて行った。お金を出してあげたこともあった。 この頃、私はデリヘルをセックスと、ゆっくりくつろげて、気持ち良くなる感覚に陥っていた。味覚が敏感になり、食欲も沸いてきた。デリヘルをやった後は、ぐっすりと眠れた・・・。私は、こうして自然とデリヘルにはまっていったのだと思う。そして気づいたときには、繁華街。今、こうして後悔の日々を送っている。ドM天使がいかにデリヘルに溺れていたか。そして、弱かったか自覚しながら・・・。 

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